東京高等裁判所 昭和28年(く)70号 決定
よつて按ずるに抗告人が東京地方裁判所において昭和二十七年三月十一日昭和二十四年政令第三八九号違反私文書偽造同行使被告事件につき懲役一年及び罰金二万円に処する旨の有罪判決の宣告を受け、これに対し控訴の申立をして東京高等裁判所において昭和二十七年六月二十六日控訴棄却の判決の宣告を受け、該判決が確定したこと竝びに右判決において私文書偽造として、抗告人がフイリツピン人某と共謀の上、行使の目的をもつて抗告人において昭和二十六年九月十六日午後六時頃東京都中央区銀座四丁目地下鉄ビル入口で右フイリツピン人某の所持していた正当の所持者氏名を抹消し写真をはがしてある米第八軍ロバート・ゼイ・マンガネス作成名義にかかる連合国占領軍要員の家族身分証明書の所持者氏名欄に青インキをもつてRody Uneと記入した後、その頃右フイリツピン人某においてこれに被告人の写真を貼付し所持者氏名抗告人である米第八軍ロバート・ゼイ・マンガネス作成の連合国占領軍要員の家族身分証明書一葉の偽造を遂げた事実が認定判示されていることは、記録添附の一件記録、抗告人提出の判決謄本二通により明らかである。
抗告人は、右認定事実は誤りであつて抗告人は右偽造に全く関与していない。すなわち、フイリツピン人ビツクなるものが抗告人から金五千円を借り受け、その担保として差し入れたエヂオ・カード(進駐軍要員家族身分証明書)一枚をその後入用なりとして代りに時計を差し入れて引き取つたところ、再び右時計は友人のものだからとして担保物の交換方を申し入れ本件進駐軍要員家族身分証明書を差し入れこれが抗告人の手許にあつたものであつて、これは全くビツクが抗告人の歓心を買うために単独で偽造したもので抗告人はこれに何ら加担通謀はしていないものである。抗告人が警察官、検察官裁判所において右偽造の事実を自白したのは身柄拘束中警察署で同房者から相手のある偽造事件は相手が見つかるまでは投獄され出られぬものと聞かされたので、凡てを自分の責任にして早く出所し自分の手で右ビツクその他関係者を探し無罪の判決を受けるより外に手段はないと考えた結果であり保釈後同人等の行方を探しているうちに原判決が確定してしまつたのである。最近にいたりロシロ・エ・イスピリガルなる関係者の所在をつきとめ同人の真実の事実陳述書を得たものであつて、これは右偽造事件に関し抗告人が無罪判決を得るための明らかな証拠をあらたに発見したときに該当するものである、と主張するのである。
そこで刑事訴訟法第四百三十五条第六号において再審理由の一として規定する「明らかな証拠をあらたに発見したとき」とは如何なる場合であるかについてまず考察してみるに、再審は一旦確定判決があつた後において実体的真実のために法的安定性を犠牲にする非常救済のための手続であるから、その許される場合は相当限定的であつて事実誤認の甚しいものでなければならないのであるが故に、右条項の意味についてもこれを厳格に解し証拠能力があり且つその証拠価値において高度の信頼性を有する証拠を原判決以後においてあらたに発見した場合でなければならない。
そこでこの見地から本件各証拠資料を検討するに、なるほどロシロ・エ・イスピリガルの存在は原判決の以前から継続しておるけれども抗告人においてその所在を発見したのは、原判決以後であることが窺えるのであるから、これをあらたな発見でないとした原決定の見解は間違つているものと認められるが(昭和二十七年七月十七日東京高等裁判所第九刑事部決定、高等裁判所判例集第五巻第七号千百六十三頁参照)、原審証人ロシロ・エ・イスピリガル、同池田貞之の各証言、原審における抗告人の供述、右イスピリガル、瀬戸修、鈴木良男、池田貞之、抗告人当審におけるロリート・デ・カストロの各陳述書の各記載を検討するにこれらに共通するところはいずれも抗告人の主張するフイリツピン人ビツクなる者が偽造した事実を直接又は的確に証明するものは一も存せず、唯その存するものは前後の断片的な情況を間接的に伝える証明力の薄い伝聞にすぎないものであること、竝びにその各供述書なるものは、いずれも原判決確定後本件再審申立以前において作成されたものであることが明瞭に窺えるのである。そうして抗告人の弁疏する点については、抗告人が偽造身分証明書を右ビツクから受け取るに至つた事情、すなわち、一旦担保に差し入れた自己の身分証明書を必要ありとして時計と入れ換え再びその証明書を文書偽造の罪を犯してまで抗告人のそれに偽造して右時計と入れ換えに担保に提供したことについて、必要な身分証明書ならば何故これを担保に再び供するのか、供するにしても偽造までする必要はどこにあるのか、何故抗告人の写真にはりかえて抗告人の身分証明書を抗告人の求めもないのに作らねばならないのか等の疑問が生じ原決定の判示するように甚だ矛盾した理解に苦しむ点が窺われ、抗告人の弁疏するところがたやすく措信し難い心証を生ずるのである。これに反して前記事件記録の関係証拠に徴せば原決定の判示しているとおり、本件偽造証明書に貼附された抗告人の写真は、抗告人において東京憲兵司令部の係の者に依頼して通常証明書に使用されるようなネームで作つて貰つた二枚の写真のうちの一枚であり、他の一枚は昭和二十六年六月抗告人が弗軍票不法所持の疑いで築地警察署に検挙されたとき所持していた身分証明書に使用していたものであること、抗告人は前記被告事件において勾留中は勿論保釈後の公判廷においても行使の点は終始これを自白している事実、しかもその自白は司法警察員検察官及び裁判所を通じて大体同一趣旨で貫ぬかれていることを窺い知ることができるのであるから、これによつて前記証拠を対照検討すればなお更前記証拠資料の内容が措信するに足りない証拠価値の薄いものであることが判明するのである。所論は原決定が本件再審の申立が本件において最も重要な証拠である右偽造身分証明書が検察庁において廃棄処分された後であると判示した点をとらえて原決定が本件申立を右廃棄処分を待つてその時期を利用してしたかの口吻をもらしていると非難するけれども、原決定を精査すれば左様な趣旨をくみとることはできないところであつて、原決定がことさら抗告人に不利益な判断をしているものとも到底認められない。これを要するに以上説明したとおり本件において抗告人の提出した証拠資料は総て刑事訴訟法第四百三十五条第六号にいわゆる明らかな証拠に該当しないものであつて、その他あらたに発見せられた明らかな証拠の認むべきもののない本件においては到底右法条所定の再審理由のあるものと言うことはできない。然らば抗告人の請求は失当であるから、これを棄却した原決定は結局正当であつて本件抗告亦これを採用するに由のないものである。